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小田橋通り・千石通り画像の撮影日:2005年10月24日

千石通りと小田橋通りは、会津若松市の中でも、郊外型店舗が多く立ち並ぶ地域です。正式には、県道64号線会津若松・裏磐梯線といいます。全線片側2車線のこの道路を、今回はご紹介します。

この日は、逆光になるのを防ぐため、南側、つまり小田橋通りの端の、会津総合運動公園付近からスタートします。

ここのあたりは、まだあまり開発されておらず、付近は田んぼや畑が広がっています。一方、この写真と反対方向に進むと、工業団地で、富士通の巨大な工場があります。しかし、この富士通の工場は、残念ながら閉鎖予定です。また、漆器工業団地もあり、会津の漆器もここで作られています。
しばらく、会津総合運動公園の南側に沿って走っていますが、しばらくすると、T字路に差し掛かり、ここで県道は左折します。

左折しないで直進すると、山の中へ…。

このT字路は、右に曲がる道路、つまり県道が曲がらずまっすぐ、国道118号に合流する道路の建設が計画されているようです。
左折すると、左側には並木が広がります。その向こうには、球場やテニスコートなど、スポーツ施設が一面に広がっています。

右側に見える白い構造物は、あいづドームです。何のためのドームかは良く分からないのですが、球場ではないです。屋内運動の施設のようです。
会津の車窓から。

中央に見えるのは、あいづ総合体育館です。その左側には、あいづ球場が見えます。ご覧の通り、広大な敷地です。

ちなみに、この撮影地点のあたりは、丘になっているので、歩道からは、市街地が見渡すことができます。
あいづドームを過ぎると、会津総合運動公園を抜け、ご覧の通り、田んぼや畑が広がります。右側にはすぐ山が迫っています。

左側の歩道を小学生が大勢歩いていました。運動公園に行くんでしょう。しばらく先には、幼稚園児も歩いていました。
このあたりは、皇室にも献上されている会津みしらず柿(御山柿)の生産地です。
会津みしらず柿とは、元々は渋柿です。それを焼酎で渋抜きして甘い柿になります。名前の由来は、「身の程知らずなほど大きな柿」だからです。以前、朝日放送の「朝だ生です旅サラダ」で、ラッシャー板前さんが渋抜きしていない柿にかぶりついて渋い顔をしていたこともあります。会津のお土産にぜひ・・・。

ちなみに、このあたりは「御山」という地区ですが、私のHNはこことは関係ないです。

道路沿いに、果樹園が見えてくると、もうすぐ畑は消え、市街地に突入します。
ローカルCMのページで紹介した、「石のカンノ」の看板が見えてきたら、そこから先は、住宅と郊外店の町に一気に変貌します。
石のカンノを過ぎると、しばらくは住宅街の中を走ります。車の量は少ないですが、住宅街なので、付近の住民の方を考えた運転をしましょう。ちなみに、石のカンノの向かい側には葬儀場があります。やはり石屋さんの目の前に葬儀場があるというのは、狙っているんでしょうか?

写真の交差点、写真左端にピンク色の建物が見えると思うのですが、ここはおかしやさんです。「ここはおかしやさん」というお菓子屋さんです。ユニークな名前のお菓子屋さんですが、営業しているの見たことないです…。電話帳には記載されていたので、たぶんやってはいるんでしょうけど。
上の交差点の先には、城南小学校があります。その向かい側は、自衛隊の会津若松事務所です。

そして、さらにその先には、栃木県のホームセンター「カンセキ」があります。ここのカンセキは大型で、2館体制で営業しています。
カンセキの向かいには、これまたホームセンターの「カインズホーム」があります。
ホームセンターが向かい合って建っていて、かなり競争が激しいでしょうね。あなたはどっち派?私はどちらにも普段は来ません…。塩川からは遠いですから。
ここを左(西)へ曲がりしばらくいくと、国道401号・通称「高田橋通り」に行き着きます。高田橋通りのお話はまた後日。

この交差点より北側から小田橋までは郊外店が本当に多いです。会津にしてはぎらぎらしています。

ちなみにこの交差点には、会津では目撃することがなかなかできない「太陽石油」のガソリンスタンドがあります。他には猪苗代町内にあったと思いますが、それ以外では見た事がないです。
太陽石油を過ぎると、まず「青山スーツ工房会津門田店」があります。要するに、洋服の青山です。町北町の国道49号沿いにもありますが、よく会津若松に2店舗も置けますね。なんて思っていたら、2006年の暮れに店舗統合をして、ここの洋服の青山はなくなってしまいました。

洋服の青山の向かいには、ジーンズショップがあります。ここは、現在町北町に移転した「MAXデンコードー」の旧店舗、「デンコードー会津若松店」でした。移転後はしばらく、系列のゲーム・CDショップ「ワンダーGOO」が入っていましたが、現在はジーンズショップです。

その隣には、スポーツ用品小売業界ではゼビオが王座に君臨する福島に珍しく「アルペン」が出店していました。
アルペンの裏手のほうには、「ヨークベニマル門田店」があり、その敷地には「コメリハート&グリーン」があります。以前、会津坂下の所で書きましたが、コメリの店舗規模は、都市規模には比例しないので、会津若松のコメリは都市規模の割りに小規模の「ハート&グリーン」です。しかし、近くのカンセキやカインズホームの方が大きく品揃えも多いせいか、コメリは閉店してしまったようです。

アルペンの横には、「会津の天神様」というお菓子の「太郎庵」があります。

写真の交差点には、「びっくりドンキー」があります。びっくりドンキーになる以前は、この建物はゼビオの小規模スポーツ用品店、「ゼビオスポーツ」でした。その後はビリヤード店になり、びっくりドンキーになりました。しかし、びっくりドンキーも2006年に撤退してしまったようです。
びっくりドンキーを過ぎると、電飾のぎらぎらしていない今風のパチンコ店があります。また、よく分からない飲食店や、福島では勢力の強いジーンズショップ「アメリカ屋」もあります。

その先には、「東京靴流通センター」と「コジマ電機」があります…あれ?このコジマのマーク、何か違和感が…。

それもそのはず、ここのコジマ電機の看板の片面は、古いマークで、太陽が口を大きく開けて笑っているのではなく、ウインクしているマークです。しかし、コジマ電機は、移転してしまい、現在この看板を見ることはできません。

コジマ電機の隣には、釣具の上州屋もあります。
東京靴流通センターの隣には、東京靴流通センターを経営するチヨダグループとライバル関係で似たような店舗展開をしていた、マルトミグループの「ザ・バック」と「おもちゃのバンバン」がありましたが、マルトミグループの経営悪化のため、閉店してしまいました。

ここの交差点には、「会津ブックセンター」というふくろうのマークの本屋さんがあったのですが、取り壊されてしまいました。お店は、向かい側のビルの2階で営業中です。会津ブックセンターの跡地には、カレーのCOCO壱番屋ができました。
交差点を過ぎると、ちょっと店がなくなり、住宅が間近に建っています。

写真左の「床や」って、普通に床屋さんなんでしょうけど、気になる看板の書き方です。

写真右側の地区は、建福寺前といいお寺があるようです。Diceさんの家ってこの辺でしたね。
ゼネラルのガソリンスタンドと、「TAXキャメルオート」という中古車店のある交差点、写真右側は、「花見が丘」という住宅街で、名前の通り丘になっています。

この花見が丘には、ラジオ福島若松放送局があります。珍しい青・赤・白の3色塗装の送信塔です。

この丘「小田山」には、歴史の時間に聞いたのですが、鶴ヶ城を攻撃するための城があったらしいです。
信号を越えると、湯川にかかる「小田橋」を渡ります。この橋がこの通り、「小田橋通り」の元になっています。
橋を渡ると、このような会津には珍しい形の交差点があります。事故を起こさないよう気をつけましょう。

この交差点を曲がると、會津風雅堂(文化センター)や、鶴ヶ城などに行くことができます。

この交差点付近は、住宅が点在していますので、走行注意です。
しばらくいくと、ガストがあります。ここのガストは結構前からあり、昔は会津にはここにしかガストがなかったので、たまに来ていました。一時期「スカイラークグリル」だった時期もあります。

その隣には、うどんの「味の民芸」があります。ここも以前はよく来ていました。
しばらくいくと、また交差点です。ここの交差点のところには、「浄光寺」という大きなお寺があります。

ここを左に曲がると、県立会津総合病院がありますが、近々県立喜多方病院と統合し、河東町十文字に移転予定です。また、県立博物館や図書館、鶴ヶ城、官公庁、神明通り方面も左です。右に曲がると、会津武家屋敷や東山温泉、背あぶり山があります。
背あぶり山には、各テレビ局FM局の中継所があり、会津の放送マニアの必ず訪れてみたいところ(?)です。
また、東山温泉にある「御宿東鳳」には、フジテレビの「めちゃ×2イケてるッ!」で矢部浩之のオファーシリーズで、矢部さんが来たことがあります。でも現在、経営があぶないようです。

ここの交差点にある「宝文館」という書店はよく来ていました。2006年10月でなくなってしまいましたが…。
交差点を越えると、花春酒造が…ありません。

「会津若松の街」で書いたように、花春酒造は2005年夏で移転したため、ここにあった工場は取り壊されました。
(2005年10月当時は取り壊し作業中)
ですから、「会津若松の街」のページにのせた花春の本社の建物は、ここの風景からは消えているのが、この写真から分かると思います。この時は、まだ「花春酒造株式会社」の看板だけがぽつんと残され、敷地内では、取り壊し作業が続いていました。

この花春の跡地には、先ほどのコジマ電気が移転してきます。この時は、鉄骨を組んでいましたが、あれが新店舗でしょうか。
そういえば、花春町には古くから存在している「ヨークベニマル花春店」がありましたが、店舗老朽化に伴う建て替えで、この当時は休業中でした。脇にあるデニーズだけ営業されていました。

今現在は、新店舗も完成し、営業を再開しています。
会津の名勝「御薬園」へは、大型車はこの交差点を右折です。小型車は、花春酒造跡地の脇の道から入れます。
小田橋通り・千石通りはバスも通っていますが、この写真のように待避所のあるバス停は少ないです。主要道路だから、待避所がないと困るんじゃないかな?でも、「バス優先」の車線があるからいいのか?

バス停のところには、「幸楽苑」があります。昔の「会津っぽ」という名前だった時代は、普通の味だったのですが、関東などにも進出するようになってから、味がかなり落ちたと思います。(幸楽苑は、現在は郡山市が本社ですが、創業は会津若松です)

その隣の「紳士服コナカ」は、今ではあまり見ることのできない形式の看板です。

写真右の「ブックスなにわ」って「会津若松本店」とあるけど、他にも店舗があるのかな?と、思っていたら、「ブックスなにわ」は、会津坂下町の会社だったようです。
「紳士服コナカ」の隣の中古車の「ガリバー」のある交差点で、小田橋通りは終わりです。ここから北側は、千石通りになっています。地元の人でも、実は千石通りと小田橋通りの境目を分からない人は、結構多いです。ここの交差点にある道路標識を見れば分かりますが、大部分の人は大して見ないので、境目が分からないのです。私も最近まで小田橋通りは、花春の交差点からだと思っていました。

この交差点を左折すると市街地で、KFBの支社がある「センチュリーホテル」や、NHKラジオ会津若松放送局があります。

右折すると、東山温泉です。
千石通りに入ると、店よりは住宅やアパート、ビルが小田橋通りより目立ちます。

ここのバス停は、待避所がありますね。(どうでもいいか)

写真右のシェルのガソリンスタンドは、以前は三井石油だった気がするのですが…。
写真には写っていませんが、この交差点には安い回転寿司の「平禄寿司」があります。

この交差点に、さっきあったはずのシェルのガソリンスタンドがまたあります。ここはかなり前からありました。確か昔は、ここのシェルの2階の窓のところに、バイクが飾ってあったのを思えています。今は、バイクどころか、ガソリンスタンドそのものが取り壊されてなくなっています。

これも写真には写っていませんが、写真の左のほうに「マルト建設」のビルがあるのですが、ビルの前面部分が斜めに張り出していて、昔恐怖感を抱いていました。倒壊してきていると思ったのかな?
写真右のブックオフは、昔はスポーツ用品の「ヴィクトリア」でしたが、ゼビオに勝てなかったようで、閉店してしまいました。今は、ヴィクトリアの会社自体がゼビオの子会社になってしまいました。

その隣には、「ケンタッキーフライドチキン」があります。会津にはKFCはここと塩川町のロックタウン塩川にしかありません。しかもここは会津では珍しいドライブスルーがあります。

KFCの交差点を左折すると、市街地の中央通りの福島銀行前に抜けられます。右折すると、千石町の住宅街です。なぜか住宅街の中に回転寿司の「元気寿司」があります。一時期「千両」に衣替えしていた時期がありました。
交差点を過ぎると、写真には写っていませんが、「靴のマルトミ」が生まれ変わった「ワンゾーン」が経営する靴屋「ササン」があります。以前はもちろん、「靴のマルトミ」でした。それ以前は「福島靴流通センター」という、別会社の「東京靴流通センター」とそっくりな靴屋でした。

その隣の「ネッツトヨタノヴェル福島」は以前は「トヨタビスタ福島」でしたが、ビスタ店がネッツ店が合併したため、社名が変更されました。

その隣の仏具の「大黒堂」は一休さんのマークでおなじみで、KFBでかなり古いオリジナルアニメのCMが放送されています。今現在、大黒堂は、先ほどのブックオフの隣に新築移転しています。

写真右の「メガネのパリーミキ」は若松本店となっていますが、何でここが本店?
しばらくいくと、信号があり、そこを越えると、ネットカフェがあります。そこは以前は「リオンドール千石店」でしたが、近くに「滝沢店」ができた影響でしょうか?閉店し、リオンドールの経営するネットカフェになりました。

その隣は、長い間広い空き地(リオンドールの駐車場)でしたが、最近そこに100円寿司の「かっぱ寿司」や、モスバーガーが出店しました。

その向かいには「ステーキ宮」があります。ここは最近まで「Msダイニング」でした。かなり昔は「ステーキ宮」でした。衣替えしていたんでしょう。しかし、若松の飲食店って、衣替え多いな。
その先には、「ココス」があります。写真右側のビルには「牛角」もあります。飲食店が多いですね。

ココスの隣には、パッケージに使うものがそろう「パッケージプラザ」があります。

ココスの北側には「会津斎場」があります。ここは、最近まで、会津斎場裏にあった冠婚葬祭施設「会津平安閣」と一緒に、はまつグループが運営していました。一時期は県内や宇都宮にも斎場や「平安閣」、貸衣装店を展開していました。郡山市には「ホテルハマツ」、FTVでは「はまつアワー」という番組枠が存在していたほどでした。しかし民事再生法を適用。FTVの番組枠は撤退。平安閣や衣装店は「ライフアンサージ」に引き継がれました。

「会津平安閣」もリニューアルしました。ちなみにこのあたりは「平安閣」があったためか、「平安町」です。
その先の交差点には、おもちゃの「ハローマック」と、眼鏡一式二万円の「弐萬円堂」があります。

弐萬円堂は、昔はレトロチックでお洒落なCMを放送していましたが、最近はマギー司郎さんのCMばかりです。たまにはあのレトロなCM復活してくださいよ。と、書きましたが、2007年現在、今度は荒川静香さんを起用した「イナバウワーフレーム」のCMになっています。
写真左側につぶれたガソリンスタンドがありますが、ここには最近まで、中古車の「アップル」がありました。つぶれたガソリンスタンドを転用するって、田舎の国道沿いには良くある光景ですが、街中でもありました。

この先の交差点を過ぎると、もう千石通りも終わりが近付きます。
ここの交差点には、珍しく歩道橋があります。

ここを東西に通っている道路は「白虎(びゃっこ)通り」で、左折すると駅前へ、右折すると滝沢町の住宅街や飯盛山へ行きます。

この交差点の「マクドナルド」のあるビルにはNHK会津若松報道室があります。
歩道橋を過ぎると、郊外型大型店でない、個人商店が増えてきます。

写真右は、会津若松警察署です。サスペンスドラマで会津若松が舞台のときは、よく市役所の建物が警察署として登場しますが、実際は千石通りにあります。2007年3月現在、改修工事中です。

警察署の向かい側には牛丼「すき家」があります。警察署の前だから、警察の人も食べに来るのか?警察署の向かいだと、強盗に入られにくいからかも。
その先の交差点を右折すると、会津大学短期大学部があります。

写真右側の森のようになっているところは、昔は富士通の工場でした。今は更地になっています。ここに鶴ヶ城近くにある「会津学鳳高校」が移転してきて、中高一貫教育をするそうです。でも、この敷地でフッ素が検出されたため、工事が遅れているようです。

どうでもいいですが、ここの交差点にある「ほていや」というラーメン屋さん、会津のラーメン屋の殆どが「喜多方ラーメン」なのに、ここは「会津ラーメン」。どんなものだ。あと、この日(月曜日)は定休日のようで、電光掲示板に表示していましたが、電光掲示板が点いていたら営業していると勘違いしてしまう人もいる気がします。
富士通工場跡の並木がすごいです。富士通の敷地は、道路より高い位置にあります。

この交差点を左折すると、昔は「福島テレビハウジングプラザあいづ」というFTVの住宅展示場がありました。今は滝沢本陣の所に移転しています。

このあたりは、市街地より地価が安いせいか、生保会社のビルが多いです。この交差点には三井生命ビルがあります。
しばらくいくと、交差点があります。左側では工事をしていました。この当時はただの河川工事かな?くらいにしか思っていませんでしたが、実際には道路工事で、2007年現在は、この交差点を左折すると、会津若松駅前まで出られるようになりました。

この交差点を右折すると、一箕町の住宅街や飯盛山に行くことができます。

この交差点のところの富士通の敷地には、工場に引いていた送電線鉄塔と変電施設が残っていますが、高校建設の際はどうするのでしょう。
この交差点には、薄皮饅頭の「柏屋」があります。

また、ホンダクリオと会津ホンダの2つのホンダの販売店があります。ホンダクリオは最近建て替えたのできれいですが、会津ホンダは古さが残ります。

ホンダの後ろに迫っている山は、「大塚山」といい、前方後円墳があります。この古墳からは東北唯一、三角縁神獣鏡が発見され、国指定史跡になっています。このことから分かるのは、会津は古墳時代から、このあたりでも力を持った者のいる場所だったということでしょうね。

大塚山には現在は墓地があります。
この交差点を右折すれば、大塚山です。

この交差点にあるヨークベニマルには昔会津若松に住んでいた頃はよく来ていました。と、言うわけでこの県道64号には同じ市内に3つもヨークベニマルがありました。

このヨークベニマルを過ぎると、もう千石通りは終わりです。
ヨークベニマルを過ぎると、あとは住宅だけです。

写真中央に写っているものは、現在は使われている様子のない道路情報表示板です。
会津スバルのあるT字路で、終わりです。ここのところには、先ほど平安町にあったモスバーガーが昔ありました。最近、平安町に移転しました。

ここは、国道49号線です。左折で会津坂下・新潟方面、右折で猪苗代・郡山・いわき方面です。

会津若松の郊外の大動脈、千石通り・小田橋通りでした。