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国道252号線・七日町画像の撮影日:2007年9月12日

会津若松市の国道49号線中沢交差点です。ここで、国道49号線は東へ方向を変えますが、今回はこの交差点を南へ直進した、国道252号線沿線の街並みをご紹介します。

国道252号線は、新潟県柏崎市を起点として、只見・三島・柳津など奥会津を経て、会津若松市に到る道路です。途中、会津坂下町からは国道49号との重複区間になりますが、この会津若松市中沢交差点で、再び252号線単独になります。
この先、次第に会津若松市の市街地に入っていきます。

私は会津北部の喜多方市の住民のため、この国道252号線は普段は全くといっていいほど利用しません。そのため、今ひとつ周辺情報が分からない……。
大して分かりもしないような道路を紹介しようとするなんて、笑い話ですね…。すみません…。

写真左側には、天宝デイリーフーズの工場があります。この会社は、後ほど紹介する「会津天宝」の一夜漬け製造部門を移譲された会社です。

この天宝デイリーフーズの前辺りから、斜めに入る道路があるのですが、そこは県道328号中沢・西若松停車場線で、同じ市内の御旗町・柳原町方面に行くことが出来ます。
「工場がある」だの言っても、周辺は基本的に住宅街です。
「この先市街地」とはいっても、まだ先です。
あまり交通量もありません。平日だったからか?
田んぼもあったりします。
写真右側は、日本通運。ペリカン便。
この先からは、田んぼは見えなくなります。ここを右折しても、県道328号線に行けます。
交差点の南側にあるのは、会津天宝醸造です。味噌・醤油などを作る会社で、福島では「うまいです、会津天宝ねぎみそ」のCMでもおなじみです。

右側の建物は、かつては何かの店だった気がしますが、忘れました。
ここは、かつては「ホームセンターチャンピオン」という店だったそうです。(2008年2月26日追記・イケノダイさんからの情報です)
タイヤのコクピット。どこにでもありますね。
この場所を左折すると、戊辰戦争時に娘子隊の隊長的存在として、この先にある柳橋で長州藩の兵と戦い戦死した中野竹子の殉節の碑があります。

このことについては、私はあまり詳しくないので、興味のある方は調べてみてください。
事務所が多い地区です。
いろんな風景の広がる国道252号線沿線です。
写真左側のほうには、会津自動車学校があります。
昔からあるような建物も並びます。
写真左側にあるような形の町内の地図って、最近はあまり見ませんね。もっと小さいものならいろんなところに設置されますが。ちなみに、この写真の地点より北側には、もっと大きな町内地図が設置されています。

道路の両脇に、農協倉庫が建っています。この周辺の会津若松市神指町は米の産地ですから。
農協関連の施設も並びます。
派手なネオンは無いですが、黒い外装のパチンコ店。何で、パチンコ店に「ぼたん」と名付けるんだろう(そんなの経営者の勝手だけど…)。
建物の雰囲気が、微妙に違ってきます。
この先、カーブになっていて尚且つT字路になっています。この場所だけ、何故だかきれいに整備されています。
この交差点を曲がると、県道152号橋本・会津高田線で、会津美里町方面に行けます。

この交差点のところには、湯川を渡る柳橋があります。ここが、先ほど紹介した中野竹子が戦った場所です。そんなに大きな河と橋ではないですが、柳の木があったりして、何となくいい風景の場所です。
柳橋を渡り終えると、その先は道幅が一気に狭くなり、歩道もなくなります。いよいよ市街地です。
昔からの商店も建ち並んできます。
何度も言いますが、ここは国道です。
住宅と商店がごちゃごちゃと…。
「カンコー学生服」のこういう看板を見れるとは思わなかった。

しかし、この店では勝常小学校(湯川村)のトレーニングウエアも売っているようですが、ここまで湯川村から来なければいけないのか…。
いい具合に青空の広がる日でした。
この先は、住宅街から商店街という感じの街並みになっていきます。
写真ではわかりづらいですが、ここを右折した場所は、何故か住宅街の中の道路なのに広めに作られています。しかも、地図によるとこの道路は湯川の手前で途切れています。ずっと先まで延ばすつもりだったのかな?
この付近には、中華料理店・宅配寿司店・カーテン店・ガソリンスタンドと商店が並んでいます。

このカーテン店の場所は、かつては「スーパーかねまつ」だったそうです。現在は会津若松駅南側の食品館「ピボット」内で青果店を運営しています。(2008年2月26日追記・イケノダイさんからの情報です)
この先は交差点です。ここを左折すると、県道326号浜崎高野会津若松線で、会津アピオや会津若松市高野町を経て、湯川村浜崎地区に到ります。浜崎はちょうど、喜多方市塩川町のすぐ隣です。
この県道沿いには、日産やホンダといったカーディーラーやリオンドール七日町店が建ち並んでいます。とはいっても、それほど大きな通りではないです。私も数えるほどしか通ったことがありません。

写真左側の建物は、交番です。
交番の裏手には、ゼネラルのGSがありますが、交差点のすぐ脇にはコスモ石油のGS。こんなにすぐ脇でもやっていけるのか。
こんなところに、いつの間にか「ほっかほっか亭」が。そういえば、今度プレナスが運営する店舗は名前が変わるんでしたよね。
写真右には、桜さしみの店があります。会津ですから…。
何か、また急に狭くなったような気がする。
ま、気のせいだろうけど。
「三菱商事石油」って、この辺りでは珍しいGSだな。

写真右側も、馬さしの店。この辺りには結構ありますね。
GSの前辺りで、道はカーブします。その先すぐに、踏切があります。標識も立っていますが、どうも目立たないなぁ…。
この辺りには、昭和の雰囲気がする建物がいくつかありますね。写真左側の食堂とか。しかし、この先に待ち受けている、七日町はもっとレトロチックな建物が建ち並んでいます。
その先の、こちらがJR只見線・会津鉄道の踏切です。遠くから見ると、遮断機も警報機も建物の陰で見え辛いですし、この路線は非電化の路線なので架線も無く、踏切が分かりにくいです。事故に注意です。

この踏切より先が、会津の代表的観光スポットの七日町になります。明治・大正(あと昭和も)の雰囲気を残した建物がいくつかある通りで、見所は結構あります。
写っていませんが、写真左側にはJR七日町駅があります。2002年に新しくなり、「駅Cafe」というアンテナショップもあるお洒落な駅舎です。周辺の七日町も、会津若松を代表する観光地なので、旅の途中に立ち寄ってみてはどうでしょう。
ここには、JR只見線と会津鉄道が停車しますが、会津鉄道の切符は売っていないようですので、ご注意を。
写真右側には、阿弥陀寺があります。ここには、新撰組隊士・斎藤一の墓があるそうです。で、そういったなかなかすごい場所の向かい側がパチンコ屋って言うのもなかなか…。
その先の、この押しボタン式信号の場所を右折すると、会津若松市日新町方面です。ここもレトロチックな建物がある地区だったはず…。

写真右側の立派そうな建物は、渋川問屋です。明治初年に創業した海産物問屋で、現在は郷土料理店となっています。また、裏手にある別館は旅館となっています。
こんな感じに、明治・大正などを感じさせる建物が並びます。中には最近その時代をイメージして建て直されたものもありますが、当時からのものもあります。
ここには、会津商工信用組合の支店があります。建物自体は写っていませんが、周辺の街並みにマッチするような建物にしていた……はず(すみません、記憶が薄くて)。
この辺りは、この七日町通り沿いだけでなく、ちょっと入った路地にもいろいろなものがあるので、散策してみるのもいいでしょう。
七日町は、観光ガイドでもやたらと「明治・大正」が強調されていますが、街並みが全部そういった雰囲気だというわけでは無いです。中には昭和の香りが強い建物もあり、そっちの時代の雰囲気が好きな人も楽しめるとは思います。
この辺りは、車で来るよりも、歩いてきて街を眺めるのが一番いいんでしょうね。本当は。
写真右側の大きな建物は、旧塚原呉服店です。他サイトによると、建物は1926年に建てられたそうで、現在は改修され、スポーツ用品店が入っています。

かつて、呉服店がまだ現役だった頃は、この道路に大きな「ツカハラ本店」の文字が入ったアーチが設置されていましたが、呉服店がなくなった頃に撤去されました。
上の旧塚原呉服店の建築年を参考にさせていただいたサイトにあった1999年当時の写真だと、写真右側の駐車場辺りまでかつては呉服店の建物が建っていたようです。しかし、今は無きこの部分は写真に写っていた建物の雰囲気からすると、後に建て増しされた部分だと思います。
写真左の建物は、七日町郵便局。特に周りの街並みに合わせた様な外観にはなってはいません。これはこれで昭和な雰囲気のする建物ですが。

その向かい辺りに、明治期の酒蔵の残る鶴の江酒造があります。
写真左の建物は、1928年に建てられたもので、青果倉庫や洋装店として使用されていたらしいです。現在は別な会社が入っているようですが。
写真左側の建物は、仏壇の小野屋です。お洒落な外観はしていますが、最近建て直された建物です。
この交差点は、一方通行になっているので、右折しか出来ません。右折方向には、これまた観光地の末廣酒造嘉永蔵があります。

写真左側の建物も、なかなかレトロ。右側の建物は、焼肉の世奈羅。たまに行きます。
写真左には、先ほどの小野屋の蔵造りの店舗が並んでいます。

写真右側には、かつて「若松ラジオセンター」なる、いかにも昭和の雰囲気がプンプンする店があったのですが、近年別な場所に新店舗を作って、取り壊されてしまいました。ずっとあの建物でやってもらいたかった、という感想の残る建物でした。
写真右側には、公園があります(かつては出光のGSで、近年までこんな観光地の市街地なのに廃墟が残っていました)。たまに、催し物を行っています。

ファミリーマートも、何となく蔵造り。
写真左の黒い建物は、レオ氏郷南蛮館です。1階は土産物店で、2階はかつての会津藩主・蒲生氏郷についての資料館になっていて、蒲生氏郷の時代の鶴ヶ城・天主の間が想像で再現されています(当時の史料が残っていないためらしい)。

この交差点を左折すると、会津若松駅方面で、途中には榮川酒造や起き上がり小法師など民芸品を作る山田民芸工房があります。
右折方向は、県道59号会津若松三島線で、近くには郷土料理の満田屋や竹田綜合病院があります。
まもなく、会津若松の中心部です。
写真左側の建物は、1927年に建てられた第二塚原呉服店です。現在も、当時のつくりのままで、外壁には「新柄なら塚原へ」などといった何ともレトロな文字がつけられています。

向かい側の大東銀行の建物と比べると、どれだけ当時のままを保っているかが分かると思います。あまりにも雰囲気が現代の建築物と違います。
この辺りから、背の高い建物が建ち並び始めます。
写真左の、手前の建物は1912年に建てられた白木屋漆器店で、会津で初めての西洋館だったそうです。その隣の、大きな円柱が目立つ建物は、1929年に建てられた旧第四銀行会津若松支店で、現在は建設会社が入っています。
ここには、このように大きく目立つ古い建物が並んでいて、まるで別世界のよう。

その一方、写真右側は、昭和の雰囲気の残る懐かしい感じの商店がいくつも並びます。いろんな時代の風景を一気に眺められますね…。
写真右側は、昭和なつかし館です。アンティークショップの2階が昭和30年代の街角を再現したつくりになっていて、昭和の雰囲気が好きな人にはたまらないのではないでしょうか。

修学旅行生かな?小学生がいっぱい。さすが観光地だ。
写真右側は、判子屋さんになっているのですが、このとき先ほどの小学生軍団が、店先に置かれた回転する判子のケースをグルグル回して遊んでいました…。
さすが小学生。元気だね、小学生はこうでなくちゃ。
ここの交差点は変則的な形で、右折方向とクランクして真っ直ぐにしか進めません。左折の会津若松駅方面へは、一方通行のため進めません。

ここを右折すると、野口英世青春通りで、道路はレンガ敷きになっています。野口博士が学んだ旧会陽医院や会津ロイヤルプラザがあります。
この交差点に建つこちらの建物は、1921年に建てられた旧郡山商業銀行若松支店の建物で、現在は会津西洋館という喫茶店に転用されています。

この会津西洋館の後ろに見えるマンションやプロ●スの広告塔について、どう捉えるかはあなたの感性次第。「景観を破壊する」のか、「都市の発展のためには止む無し」なのか……。

ちなみに、後ろのマンションの位置には、かつては布団屋さんがありました。

※この写真は2007年11月9日撮影。
交差点を真っ直ぐ進み、国道252号線の終点に向かいます。

※この写真は2007年11月9日撮影。
そして、国道118号線神明通り北交差点に着きます。ここで、新潟県柏崎市から続いた国道252号線は終点です。
ここを右折すると神明通りで、南会津・須賀川・栃木方面です。左折すると中央通りで、会津若松駅・国道49号線・喜多方・米沢方面です。直進すると、会津若松市の市街地に入っていきます。

ここの交差点は、以前「神明通り」の項目で紹介したときには、マクドナルドがあったのですが、なくなってしまっています。写真右側の白い建物はみずほ銀行、左側は会津若松郵便局です。

長々と、国道252号線と七日町をご紹介しました。この七日町の歴史ある建物や街並みは、後世へ残したいものです。
※2008年2月26日追記・一部情報を、イケノダイさんからいただきました。ありがとうございました。